INVISIBLE STORM

だからわたしはわたしを砕く

現在登校拒否の友達に会った話

あの娘とあの娘は仲が悪いけど多分男は絶対に気づかないんだろうな、というのをよく見かける。

個人的見解だが、女というのは周囲の人間が思っている以上に気持ち悪いものだ。
 
 
『君が誕生日プレゼント買った相手、君の悪口言っていたよ。』
あんぐり、と効果音が付きそうなほどに大きく口を開けた女の子は安いチェーン店のハンバーグに手を付けようとしたところだった。
まばたきも忘れたかのように、元々大きく可愛らしい目をさらに開いて彼女は「どういうこと」といつもより声色を暗くして、早口で尋ねてきた。
最近ハマっているというフォッカチオにも目もくれずに彼女は私を、穴が開くかと思うほどにじっと見つめる。これがいつもならばどんなにいいだろうと内心ほくそ笑みながら、顔の表情だけを変えずに問に落ち着いて答える。
『だから、君が仲良くしてるあの子は君の悪口を言ってたらしいの』
嘘、と言われる前に即座に「先輩が言ってたし」と付け加える。残念ながらこれは嘘ではない、これを話した先輩は後輩のことを悪く言うような人ではないし(これは彼女もわかっているはずだ)、なによりこの先輩は彼女のことを痛く気に入っていた。
彼女は顔を俯かせながら頼んだハンバーグにも手をつけずに何かを考えていた。私はそんな彼女を見つめながらミネストローネに入っているトマトを食べる。そうして一分程が経っただろうか、彼女は一言、「お手洗いに行ってくる」と言い席を外した。
彼女が居ないなか独りで食事するのはなんとなくはばかれたため、スプーンを置いてスマホを開き時間を確認する、12時43分。まだお開きをするには早い時間だしきっと彼女とはあと最低4時間は一緒にいることになるだろう、と思う。さて、どうしたものか。
そう考えてるうちに彼女が手洗いから戻ってくる。顔を見てみるとさっきの弱りきった表情とは逆転してサッカーの日本代表が入場するときのような、決意を固めた表情になっていた。
 
「LINE、アカウント消す。Twitterもリア垢消してやる、あいつの連絡先全部消してやる」
 
え。
正直驚いた、というのもSNSというのは今の私にとっては生活をする上で、かなり重要視しているものだったからだ。
LINEやTwitterなどのSNSを使わない人間は、はっきり言ってハブられる。連絡手段に手間がかかるからだ。おかしな話しだろう、しかし若者の、少なくとも私の周りではそういう風潮があったのだ。昨日の呟きが明日の話題、連絡事項はグループで。流れに乗れないならそのまま置いてきぼり。まあ、そんな感じで必要な存在だったのだ。
「丁度アイツらが悪口言っていた期間に、普通に、むしろ仲良さげに話しかけてきてたんだ」「気持ち悪い」
SNSを消したということに対する衝撃をわたしが消化している間に彼女は次の話題に写っていた。
彼女が私をじっと見つめてその時の話を細やかにする、いや、正確には私なんか見ていないのだろう。彼女は悲劇のヒロインの自分を見ていた。
かわいそうだと思った。悪口を言われていた彼女ではなく、そうやってたった一つの情報に振り回されている彼女が。
嘘はついていないし、騙してもいない。しかし私の中の選択肢にはこの出来事を「言わない」というものもあったのだ。
『ねえ』
私は彼女に問う。
あの選択肢によって苦しめられ、他人を信じられなった悲劇のヒロインさんに問う。
ファッションの人間関係に真実を求めたお馬鹿さんに問う。
『私が君の悪口を言っていたらどうする?』
一瞬、目を見開いて直ぐに細めた彼女は答える。
「……死ぬかも」
サイゼリアの一角の喫煙席に近い席で、他人の人生の揺れを見た気がした。半袖の彼女の手首のリストカットの痕はまだ目立つ。右手にある吐きだこが気になる。減らないハンバーグ、無くなりそうなミネストローネ。半分以上残ったフォッカチオ、セルフサービスの水。水滴が滴り落ちる。
その返事を聞いて満足した私は、笑った。